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【高橋洋一 日本の解き方】リーマン・ショックと日銀の失敗…金融緩和で後手に回る無能ぶり 日本経済よりも金融機関を優先 (1/2ページ)

 リーマン・ショック前後の日銀金融政策決定会合の議事録が公開された。

 当時の事実関係を振り返っておこう。2008年9月15日、米投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、これを契機に世界的な金融危機が起こった。日経平均株価は1万2000円台から、10月下旬に7000円割れするなど大幅下落した。

 当然ながら、世界各国の中央銀行はすぐ金融緩和で対応し、10月8日には米欧の6中央銀行は協調利下げした。

 ところが、これに日銀は加わらなかった。その結果、猛烈な円高に見舞われた。そして10月31日の利下げ、さらに12月19日の追加利下げに追い込まれた。

 どこの国でも似たようなものだが、自国通貨高は経済活動にマイナスだ。そのため、為替を一方向に動かさないように各国は協調行動をするのに日銀が拒んだのは完全な失敗だった。筆者もその当時、厳しく日銀を批判した。

 この間の議事録をみると、9月16、17日の決定会合は、「全くフェーズが変わった」状況なのに、議論は空回りで、結局、現状維持としたのは、日銀の無能ぶりを示している。

 10月6、7日の決定会合もひどい。当時の白川方明(まさあき)総裁の景気の現状認識は、「設備・雇用面での過剰を抱えている訳ではないため、大きく落ち込む可能性は小さい」というものだった。決定会合に提出された資料をみても、07年中に有効求人倍率や失業率はピークアウトし、すでに雇用悪化に向かっていたことは明らかだ。

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