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【ケント・ギルバート ニッポンの新常識】「護憲派」はディベートで勝てない 「9条があるおかげで…」迷信に洗脳された人々 (1/2ページ)

 私は高校時代、ディベート部(弁論部)に所属していた。そこで、「討論が仕事」の職業が自分に向いていると確信した。それがカリフォルニア州弁護士になった理由の1つである。若いころから討論が大好きなのだ。

 だが、日本人で討論が好きな人は少数派だろう。将棋や囲碁、オセロなどの知的ゲームの愛好家は多くても、討論自体を知的ゲームとして楽しむ習慣や風習が、日本には根付いていない。

 米国の中学生は「競技ディベート」を授業で学ぶ。1つの公的な主題に対して、肯定側と否定側に分かれて討論し、どちらの主張に説得力があったかを、第三者が勝敗を決める。いずれの立場で主張するかはクジで決まるので、全員が両方の主張を考える必要がある。

 個人的感情や意見と切り離し、事実と論理に基づいて主張を組み立てる。論理的思考力が身に付くし、信じてもいない考えを人前で発表する体験は、舞台俳優になったみたいで面白かった。

 私は、憲法改正に関する「護憲派」の考えを、どうすれば説得力を持って主張できるのか考えることがある。結果、競技ディベートで「護憲派」の立場になったら、私は自分のクジ運を呪う。

 まず、憲法第96条は《この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない》から始まる改正条項である。

 無条件の改憲反対は、「96条の存在を無視しろ」という主張に等しい。「護憲派」として完全な自己矛盾である。

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