記事詳細

【勝負師たちの系譜】平成の時代…群雄割拠から“羽生時代”へ 頂点に一人が立つ構図が現れたのだが… (1/2ページ)

★平成の将棋界(1)

 もうすぐ平成が終わる。そこで将棋界にとって、平成はどういう時代だったのかを2回にわたって、振り返ってみたいと思う。

 昭和の時代は、常に一人の棋士が頂点に立ち、他の棋士が王者を目標にして挑む、という構図があった。戦前から戦後は無敵の木村義雄14世名人が。その後は木村に「よき後継者を得た」と言わせた大山康晴15世名人の時代が20年以上続いた。

 その大山を破って名人に就いた中原誠16世名人が、絶対王者となって昭和の後半から平成の時代に突入したのだった。

 ちなみに名人位は、大山が18期、中原が15期保持している。その間にも升田幸三実力制第四代名人や、谷川浩司17世名人資格者などが君臨した時代もあったが、それらはすべて一人の孤軍奮闘であった。

 ところが平成に入る少し前から、同世代の棋士が複数で前の世代を倒しに行くという構図が現れた。その先駆けは、1983年(昭和58年)に王位のタイトルを獲得した、高橋道雄九段である。昭和55年前後に四段になった世代(55年組と呼ばれた)は、彼がタイトルに届くなら自分もとそれ以降、中村修九段が王将を、南芳一九段が棋聖を、塚田泰明九段が王座、そして平成に入る直前、島朗九段が竜王にと、世代で先輩を破っていったのである。

関連ニュース