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【ノモンハン敗戦の真実】資源不足で国防の「研究・対応」はおろそかに… “戦略眼”を持つ政治家の不在が「対米戦」の敗戦につながった (1/2ページ)

 ノモンハン事件(1939年)から2年後、日本は米国と戦う。そのことに対して、鉄鉱量や石油産出の差などを指摘し、「なぜ、米国と戦ったのか」という批判がある。

 明治開国以来、日本では殖産興業に力が入れられた。言うまでもなく日本は資源が乏しい。繊維産業にも鉄鋼産業にも力を入れるが、重工業はなかなか発展しない。第一次世界大戦で、機関銃や戦車、飛行機などが出現すると、ただちにその装備が指摘され、整備局が設けられた。しかし、国力が許さない。

 ソ連は5カ年計画を繰り返して、強大な軍備を備えた。日本はただちに応対しなければならないが、これも国力が許さない。それらが繰り返されるうち、陸軍は徹底した対応に鈍感となり、それが習い性のようになってしまう。

 ノモンハン事件で負けたとき、敗因を調査するために研究会が設けられた。戦車の装甲を厚くし、砲弾を備蓄しなければならないことがうたわれたが、不十分なまま対米戦に向かうことになった。

 ノモンハンで負けたため、日本は間違っていた、ということに収束し、陸軍が習い性となったことの研究はおろそかにされた。

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