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【歳川隆雄 永田町・霞が関インサイド】「野党共闘失敗」接戦区で顕著 自民党が絶対安定多数を獲得した理由探る (1/2ページ)

 今も永田町ウォッチャーの中で、自民党が衆院選で絶対安定多数(261議席)を獲得できた理由を探る作業が続いている。投開票日(10月31日)以降、及ばずながら筆者も試みている。

 結論を先に言えば、(1)枝野幸男代表主導で立憲民主党が推進した共産党を含む「野党共闘の失敗」(2)激戦選挙区で、野党統一候補が自民党候補との競り合いでことごとく敗北した選挙戦略-にあった。

 比例票を見てみよう。「1991万票・72議席」を獲得した自民党は、小泉純一郎政権下の2005年郵政解散・衆院選で獲得した「2588万票・77議席」に次ぐものだった。

 他方、立憲民主党は「1149万票・39議席」であり、公示時の62議席からマイナス23議席。昨年9月、国民民主党の大多数と合流したにもかかわらず、比例票と議席数ともに伸びず、惨敗だった。

 日本維新の会は、12年衆院選における“橋下(徹大阪市長・当時)ブーム”には及ばないが、「805万票・25議席」を獲得した。

 野党共闘が失敗した事例、東京20区を挙げる。

 岸田文雄政権で内閣官房副長官に就いた木原誠二氏(自民党)は、野党統一候補の宮本徹氏(共産党)を、ほぼ2倍の大差で破った。

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