記事詳細

【あの代表監督の成功と失敗】加茂周氏、監督解任後のW杯出場決定に号泣「岡ちゃんがやってくれたで」 (1/2ページ)

 サッカーW杯ロシア大会(6月14日開幕)が1カ月後に迫っている。日本代表が1998年フランス大会でW杯本戦に初出場してから、ちょうど20年。歴代の代表監督の功罪を、今だから明かせる秘話とともに公開する。就任間もない西野朗監督(63)にとって教訓となることもあるはずだ。(夕刊フジ編集委員・久保武司)

 日本のW杯初出場の土台を作ったのは、日本リーグ時代に日産自動車(現J1横浜)を強豪チームに押し上げた加茂周(かも・しゅう)氏(78)である。

 94年11月に就任。当時流行の戦術だったゾーンプレスを代表に導入し、カズ(51、現横浜FC)、ラモス瑠偉氏(61)らベテラン勢を主力に、W杯予選では当時20歳の中田英寿氏(41)を“飛び級”で抜擢した。不安視されていたFW陣も、日本リーグ時代のまな弟子FW呂比須ワグナー氏(49)を帰化させるなど、万全の準備でW杯出場を目指していた。

 性格は豪放磊落。「代表監督の支持率? そんなものは日本の総理と同じ。上がったり下がったりで一喜一憂するもんやない」と一蹴。たばこは「ラーク」を好み、担当記者との飲み会では「ええか、わしと飲むときは、(記者の)みなさんも命がけでこいや」と言い放った。

 W杯予選の最中に更迭された初めての監督になってしまった。日産自動車時代には「サッカーが早くスポーツ紙の1面を飾るようにならなきゃいかん」と話していたが、皮肉にも自らの更迭で1面を飾った。

zakzakの最新情報を受け取ろう

関連ニュース