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【あの代表監督の成功と失敗】鬼気迫る形相で「岡ちゃんと呼ぶのはやめてくれ」 当初は「1試合限定」だった

★岡田武史 第1次(上)

 「私は加茂さんに選ばれて代表コーチになった人間です。加茂さんがクビになった以上、私も辞めさせてください」

 日本サッカー協会は1998年W杯フランス大会のアジア最終予選中に、加茂周監督を更迭。岡田武史コーチ(61)を監督に昇格させることを決めたが、当の岡田氏は協会幹部のオファーを固辞した。

 岡田氏は強情だ。還暦を超えた今でこそ「これでも最近は丸くなったんだぞ」と苦笑いするが、当時は一度決めたらテコでも動かなかった。

 それでも、加茂監督が更迭されてから7日後に次戦のアウェーのウズベキスタン戦(97年10月11日)が迫っていたことから、とりあえず「1試合限定で引き受けます」と応じるしかなかった。

 技術委員会には「予選は岡田を監督代行に置き、本大会は別の監督で」という構想もあったが、長沼健会長(故人)ら協会の幹部は「それは岡田に失礼。すべてを託す」と決めていた。

 ウズベキスタン戦に向けた初練習で、岡田監督は「今日から、岡ちゃんと呼ぶのはやめてくれ」と鬼気迫る形相で選手たちに訓示。ある協会幹部は「あの日の練習こそ、歴代の日本代表で最も素晴らしい練習だった」と振り返る。

 ウズベキスタン戦を後半ロスタイムに追いつく劇的なドローで終えると、岡田監督が帰国したその足で家族よりも先に会ったのが、前任者の加茂氏だった。

 記者は成田空港から岡田監督の乗ったハイヤーを追跡し、たどりついたのは東京・銀座のホテル。会談を終えて出てきたところを直撃すると、「こんなところで何やってんだよ!」と仏頂面をされたが、「いま加茂さんと会ってきたよ」と認めた。

 ここで「岡ちゃん、頼むで!」と加茂氏に激励された岡田監督は、W杯出場権を獲りに行くことを決意する。(夕刊フジ編集委員・久保武司)

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