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森保監督が挑むアジア杯「ダブル制覇」 選手として臨んだ大会に「“あの時”の感激は今でも…」 (1/2ページ)

 森保一(もりやす・はじめ)監督(50)就任以降、国際親善試合(キリンチャレンジ杯)5試合で4勝1分けと負けなしのサッカー日本代表が、いよいよ初の公式戦となるアジア杯UAE大会(2019年1月5日開幕)に臨む。

 「“あの時”の感激は今でも覚えています。監督になったいまも、ピッチ上で君が代を聞くと涙が出そうで…必死に我慢しているんですよ」

 感慨深げに振り返る森保監督。実は現役時代に日本代表選手として初めて臨んだ公式戦が、1992年10月開幕のアジア杯で、初の日本開催(広島)だった。同大会で日本代表は見事初優勝を飾り、森保監督はボランチとしてレギュラーの座を固めた。ちなみに大会MVPに輝いたのは、当時の日本の絶対的エースで、51歳のいまも現役の三浦知良である。

 この年の5月、森保監督はハンス・オフト監督によって初めて日本代表に招集されたが、当時はマツダ(現J1広島)所属の23歳の無名選手で、担当記者たちが「もり・やすかずって、誰?」と戸惑ったほど。

 しかしオフト監督をして「森保こそ、日本代表に絶対に必要な選手。彼がいなかったらアジア杯優勝はなかった」といわしめ、森保監督にとってサッカー人生のターニングポイントとなった。

 翌93年のW杯米国大会アジア予選では、有名な“ドーハの悲劇”を経験している。