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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】原動力は「目標1カ月1000万円!」 研究、レース考察を重ね悔いのない走り実現 (1/2ページ)

★「艇王」と呼ばれた全盛期(2)

 不死鳥が「艇王」と呼ばれるようになったのは、全レーサーの目標だったSGグランプリに10年以上連続して出場したからだ。公営競技史上初めて獲得賞金2億円を達成し全盛期を迎えた。

 SGグランプリは年間獲得賞金の上位から出場できるレースで、11月に開催されるグランプリへのラストチャンス、SGチャレンジカップ終了時点での上位18人(当時は12人)が、参加資格を与えられます。私は1億円を獲得してグランプリ出場という目標を立てて日々取り組みました。1カ月1000万円はかなり高い目標といえます。

 この目標を立てたことが継続して活躍できた一つの原動力と思います。しかし、いつも順調にはいきません。不調の時は思い切って下方修正しました。でも上方修正することはありませんでした。ムリをしない、これも大切なことです。

 1996年は、ボートレース戸田(埼玉)でグランプリが開催され、それを優勝できて公営競技初の2億円レーサーとなりました。95年とこの年とグランプリを連覇できました。この好調を支えたのは身近でレースに取り組む環境をつくってくれた家族と、全国で応援してくれたファンの方々が大きなエネルギーをくれたからです。

 また大ケガから復帰するとき、20年は頑張るという決意をして、20年どうあるべきかを考えてレースをしてきました。少し急ぎすぎていたように感じましたが、一から出直し、色んな方からの支えとご指導をいただきながら、1年1年、1走1走大切に悔いが残らないように走りました。それが結果に結びついたのではないかと思います。

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