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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】夏場は好成績を残せなかったが…7月地元SG初Vでファンに恩返し! (1/2ページ)

★最良の年(2)

 2002年は私のボートレーサー人生で最もレース実績を残すことができた1年でした。大けがをして再起を危ぶまれたときには、このような未来が訪れるとは思ってもいませんでした。

 まず7月にボートレース若松(福岡)のSGオーシャンカップで優勝しました。私はあまり夏場に実績を上げられませんでした。数あるSGの中でも8月のSGボートレースメモリアルのみ優勝していません。また、それまで地元のSGも優勝していませんでした。それで当然、地元のオーシャンカップに気合が入っていました。

 6日間のレースが始まると、初日のドリーム戦を1着、そして準優勝戦1着で、優勝戦では最も有利な1枠を獲得し、1コースからイン逃げを決めての優勝でした。

 確かに優勝したことはうれしいのですが、それ以上に表彰式でのファンの皆さんのご声援のすごさに驚きました。やはり地元で優勝することは、地元のファンの皆さんへの恩返しになると改めて感じました。

 私が夏場に成績が残せなかったのは、特にG1やSGを走るようになってからです。私は常に12月のSGグランプリを意識しており、夏場でもプロペラ調整を含むモーター調整は、冬用を基本に調整していたからだと思います。やはり気温によってモーター出力に影響を与えるので、モーター調整はその都度調整できれば理想ですが、冬のグランプリに賭けるイメージが強くて、年間を通して冬設定に近いモーター調整をしていたと思います。その方が安心してレースが行えたからです。

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