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ベテランスカウトが明かす! イチロー幻の“ロッテ遊撃手で1位指名” 名電グラウンドで極秘の適性テスト (3/3ページ)

 結局ロッテもオリックスに後れを取る形となった。イチロー氏は高校2年の春にイップスを発症していたことを後に告白。スローイングが安定しなかった理由もそこにあったとみられる。

 もしもオリックス以外の球団に指名されていたら、代名詞となった“振り子打法”を二人三脚で作り上げた河村健一郎2軍打撃コーチ(71)や、独特のフォームをありのまま受け入れた新井宏昌1軍打撃コーチ(66)との出会いはなかった。何より恩師の仰木彬監督が94年、3年目の外野手の登録名を『鈴木一朗』から『イチロー』へ変更させ売り出すこともなかった。

 イチロー氏は21日深夜から約85分間に及んだ引退会見中、子供の頃の自分にどんな言葉をかけたいかと聞かれ、「『お前、契約金で1億ももらえないよ』って。ドラ1の1億って(目標を)掲げてましたけど、全然遠く及ばなかったですから。ある意味では挫折ですよね」とおどけた。実際は契約金4000万円、初年度年俸430万円(推定)だったが、仮にロッテに1位指名されていたら、その後どんな野球人生を歩んでいたかわからない。

 イチロー氏を担当した三輪田氏は、編成部長だった98年のドラフトで指名した選手に入団拒否された責任を取る形で、自ら命を断つという悲劇的な結末を迎え、水谷氏は2001年に急性硬膜下血腫のため51歳の若さで急逝した。

 「自分が担当した選手は、他の球団に行っても気になるものだ。三輪田さんも水谷もスカウト冥利に尽きるよね」と山田顧問。老スカウトは球児の戦いを見つめながら、天才打者の才能を見抜いた眼力へ称賛を惜しまなかった。

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