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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】「最良の02年」から「最悪の03年」に… グランプリ出場も果たせず (1/2ページ)

★引き波(1)

 ボートレースには「引き波にはまる」という言葉がある。先行艇が去った後に残る波に後続艇がはまると、操縦不能に陥ってしまう。2002年は不死鳥にとって最良の年だったが、翌03年はあたかも引き波にはまったような状態になった。11月の第6回チャレンジカップまでSG優出はなく、グランプリ連続出場記録も途切れてしまった。

 02年は自分の実力以上の実績を残した年だったと思います。それ以上の実績を残せるか不安な気持ちが残る中で、03年度シーズンが始まりました。今考えると余裕がなかったと思います。

 前の年の反動なのか、レーサー全体がレベルアップしてきたためなのか分かりませんが、レースでの実績が全く上がらず、グランプリ出場が果たせなくなり、グランプリシリーズ戦を走ることになりました。何とかその優勝戦に出場し、3着ではありましたが、正直いってメディアの取材にどんな立ち居振る舞いをすべきなのか、分からないほどでした。

 私は常に最高のレースを提供することを考えて努力してきたつもりです。でも、20歳の時の大ケガの影響は私の体力の低下を少し早めた部分もあったと思います。特に握力の低下は引退の数年前から感じていました。ボートレーサーとして必要な握力は辛うじて維持してはいるものの、年々速くなるスピードターンに負けないためには、よりいっそう瞬間の握力が必要なのです。

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