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【田所龍一 虎番疾風録 Vol.39】小早川毅彦とサンケイスポーツ 高校野球がつないだ小さな“縁”が“宝物”に (2/2ページ)

 2人は合格し、法大へと進んだ。だが野球部人生はまるっきり違った。小早川は200人以上の部員の中でレギュラー25人しか入れない「合宿所」に1年生で入寮。春季リーグから「四番」を務め、史上最年少で東京六大学野球のベストナイン(一塁手)に選ばれた。一方の吉川は胸のネームも背番号もなし。それでも胸を張って4年間を務めあげた。

 「合宿所は上下関係が厳しくてね、小早川はよくボクのアパートへ転がり込んできましたよ。ボクの曽祖父も広島出身だったんで“法大の両川”と騒がれたこともあったんですよ」と吉川は笑う。

 2人は無二の親友となった。58年のドラフトで広島から2位指名された小早川はプロ野球の世界へ。そして吉川は卒業後に東京のサンケイスポーツへ入社。西武や巨人を担当するプロ野球記者となり、現在は同社の執行役員代表を務めている。小さな「縁」が大きな「宝物」になったのである。(敬称略)

 ■田所龍一(たどころ・りゅういち) 1956年生まれ。大阪芸大卒。サンケイスポーツに入社し、虎番として85年の阪神日本一などを取材。産経新聞(大阪)運動部長、京都総局長、中部総局長などを経て運動部編集委員。「虎番疾風録」のほか、阪神×南海の日本シリーズが繰り広げられた「東京五輪だけじゃない~昭和39年物語」も産経新聞(大阪発行版)に執筆中。

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