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【経済快説】ゴーン被告のように一時期優れていても…経営者はどのように評価すべきなのか (1/2ページ)

 昨年の12月29日から30日にかけて、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告がレバノンに逃亡した。重大な事件の被告に逃亡されたわが国の諸々の仕組みは、国家としての体をなしていない。残念だ。

 この事件のことはさておくとして、ゴーン被告は評価に毀誉褒貶(きよほうへん)のある経営者だった。

 彼は、日産自動車の経営が傾いてフランスのルノーから出資を受けて立て直しを図ろうとしたときに、同社から送り込まれた経営者だった。当初の世評は、日本的な取引先とのしがらみを容赦なく合理化する冷酷な「コスト・カッター」というもので、高評価な経営者ではなかった。

 しかし、その後、日産自動車の業績が持ち直すのにつれて優れた経営者として評価されるようになった。自動車メーカーとしての日産のかじ取りを結果的にうまくやってきた時期があったのは事実だ。ある時期の日産自動車の「救世主」だった。彼は、コミュニケーション能力に秀でていたように思う。

 しかし、一昨年の11月に、会社を不当に利用して個人的な利益を得たとして逮捕されるに至って、経営者としてのゴーン被告への世評は私腹を肥やす「汚い男」として地に落ちた。彼の行動とその結果が日産にとってマイナスになったことも確かだろう。

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