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【一生働く!】〈個人編〉追求し続ける(3) 郷土愛と信念…気仙沼のサンマで山形を元気に (1/2ページ)

 「被災者にとって一番辛いのは、忘れられることです」。気仙沼に生まれ、朝日新聞山形総局の嘱託記者として働く熊谷功二さん(68)は、毎年、気仙沼のサンマを無料で振る舞う「気仙沼さんま祭りin山形」を同郷人らと主催している。氏の「働く原動力」とは。

 ■全国3位の水揚げ

 高校3年の時、気仙沼で朝日新聞の配達員をしていた。仕事を終えると新聞の隅から隅まで読むのが日課で、「将来は新聞を通して世の中を良くしたい」との念願の夢がかなった記者人生は、40年を超える。「思いを貫くことができた。幸せな会社員人生」とほほ笑む。宇都宮、東京、長野を転々とし、99年以降は山形の地で働くが、郷土愛が薄れることはなかった。2010年、山形テレビに出向した縁で、同郷人らと「やまがた気仙沼会」を結成。「もっと同郷人を探してにぎやかに飲もう」と乾杯したのもつかの間、11年3月11日、震災に襲われた。

 身内は、気仙沼の街は、無事か。震災から2週間後に再び同会のメンバーで集まると、仲間の1人が「気仙沼のサンマを山形の人にも振る舞って地元を応援したい」と提案した。気仙沼漁港は全国3位の水揚げを誇り「目黒のさんま祭り」でも親しまれる自慢のサンマだ。

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