記事詳細

【定年後 難民にならない生き方】言葉遣いの間違いを指摘するとき、目くじらを立てすぎないように (1/2ページ)

 《言葉のマナー界隈では、かつて「了解しましたの悲劇」がありました。誰かが「『了解』は間違いで『承知』が正しい」と言い出して、その適当な説が広まってしまったのです。今また「とり急ぎお礼までの悲劇」が起きようとしています。火種が小さいうちに消し止めなければ! とり急ぎ決意表明まで。》

 新刊『超実用 好感度UPの言い方・伝え方』(ワン・パブリッシング)が話題のコラムニストの石原壮一郎氏=顔写真=が先月下旬、ツイッターに投稿したこのつぶやきは、3万の「いいね」を獲得し、1・3万回リツイートされた。

 「これまで経験したことのない数のリアクションをいただき、言葉のマナーをめぐる問題への関心の高さに驚きました」と石原氏は語る。ツイートの発端となったのは「目上の人に送るメールで、とり急ぎお礼までと書くのは失礼」という話題。石原氏自身も、知人のツイートをたまたま見かけ、何の気なしにコメントしたことが、思わぬ反響を呼んだのだ。その背景には「言葉のマナー違反」の指摘を巡るモヤモヤがあるのではないかと、石原氏は分析する。

 「言葉のマナーは大切ですが、デリケートな問題もはらんでいます。例えば、『了解しました』『取り急ぎお礼まで』はどちらも失礼な表現ではないと思いますが、“失礼だからやめるべきだ”と注意される可能性もあります。そんなとき、どう振る舞うかは悩ましいところです。

 あるいは、『その言葉遣いは失礼なのではないか』と思っても、他人の言うことにいちいち目くじらを立てる必要があるのかと思うと言い出しづらい場面もあるでしょう。かといって伝えずに済ませていいのか…と悶々とする羽目になります」

 他人の言葉遣いにいちいちケチをつけ、声高に“常識”をふりかざせば、人間関係は窮屈になる。だが、すべて見て見ぬフリを決め込むのがいいかというと、必ずしもそうではないという。

関連ニュース