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日活ロマンポルノ人気女優同窓会 「裸の衣装」を着ていたあの頃 (1/4ページ)

 日活ロマンポルノはこの秋、50周年を迎える。成人映画でありながら自由な表現が試みられた日活ロマンポルノに当時の若者たちは熱狂し、不朽の名作と称される作品の数々には元気だった時代の日本が活写されている。小川美那子、風祭ゆき、寺島まゆみ。かつて人気を博した女優たちが座談会を行なった。

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 風祭:21歳で女優の仕事を始めて、数年経って雑誌でセミヌードになったらロマンポルノに誘われたの。絶対無理と思って断わり続けていたんだけど、あるとき事務所の社長のお兄さんで、映画界の巨匠に言われたのね、「役者は肉体労働者。ポルノなんて体操だ」って。

 寺島:体操(笑)。

 風祭:巨匠とは大島渚さん。そのひと言で吹っ切れたの。

 寺島:私は19歳のとき新宿でスカウトされて日活の本社に行ったの。白鳥信一監督が次の映画のオーディションをやっていて、私がご挨拶したら「この子に決めた」って。母親が猛反対したのでお断わりしたんだけど、監督たちが母親を懸命に説得しました。

 小川:私はモデルをやっていた22、23歳のとき渋谷でスカウトされました。ゆきさんが出ているプロモーションビデオを見せてもらったら、綺麗な海で優雅に泳いでいて、「こんなステキに撮ってもらえるならやります!」って。そうしたらSM路線でした(笑)。

 寺島:周りは反対しなかった?

 小川:同棲している彼氏がいて、「ダメだよね?」って聞いたら、意外にも「やれよ、応援する」って。思い出に1、2本出るだけと思ったと思うの。ところが次から次へと出ることになり、結局その彼とは別れました。

NEWSポストセブン

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