【定年後の居場所】「捨てる作業」で拓く新たな道 東京五輪で思い出した「うつ」からの復調 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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【定年後の居場所】「捨てる作業」で拓く新たな道 東京五輪で思い出した「うつ」からの復調

 東京オリンピックが閉幕した。コロナ禍の中だったが日本選手の活躍ぶりを堪能した。特に開会当初からの日本柔道のメダルラッシュには目を見張った。画面を見ながら17年前のアテネオリンピックのことを思い出していた。

 当時私は体調不良で会社を長期に休職していた。診断書では「うつ状態」だった。好不調の波はあったものの回復の糸口が見えずに会社を退職することも考えていた。ところがアテネオリンピックの時期に体調が良くなってきたことを自覚した。

 深夜に決勝戦があった柔道では、野村忠宏選手や谷亮子選手などの活躍もあって、日本中が沸いていた。毎日テレビを見ながら、何か自分の身体が軽くなっていくのに気がついた。それまでは背中に荷物を背負っているかのような重苦しさがあった。同時に今までよりも睡眠が良くなった。

 軽快感と熟睡感は少しずつ深まって身体の中にエネルギーが溜まり始めた。はじめは飲んでいた睡眠導入剤の量を半分にしたが、10日位すると薬がなくてもすんなり眠れるようになった。

 そうなった理由は特に思い当たらなかった。もちろん柔道の試合を見たのが原因ではないだろう。「もう病院や医師や薬に頼っても無理だ、どうにもならないんだ」と諦めかけたことが、次のステップにつながったような気がするのである。何か底にコツンと当たったかのような感じがあったからだ。これはあくまでも個人の感覚なので、一般化できないし、ノウハウにもならない。当時、産業医が私に語った「葛藤の場面では、捨てる(居直る)作業が必要だ」という言葉がその時頭に浮かんだ。

 会社員は、自分が属する組織との関係で大切なものをあきらめるタイミングが必ずやってくる。会社の破綻やリストラ、左遷による場合もあれば、定年退職、役職定年、病気や思いもよらない事故に遭遇したことがきっかけになるケースもあるだろう。いずれにせよ、このあきらめるというか、捨てる作業がないとなかなか新しい道が見えないのではないか。

 後ろのドアを閉めなければ前のドアは開かないという感覚である。いずれにしても因果関係だけでは簡単には説明できない。体調が上向いた日々が半月ほど続くと、会社に復帰しても何とかやれそうだという自信も沸いてきた。  「仕事をしながら残った時間を使って何かに取り組む」と多くの会社員は考えている。しかし私にはある程度大切なものを捨てなければ、大切なものは入ってこないという感じがある。もちろんこの捨てるというのは、「会社を退職する」といった表面的な事実ではなく内面の感情を含めた全体的なものである。

 体調が元に戻った理由をあえて私なりに説明するとすれば「時間が解決した(長い時間をかけて少しずつ適応した)」ということになるだろう。しかし「もうなるようにしかならない」という諦めが景色を変えた気がするのだ。今回の東京オリンピックの閉会式を見ながら自分の変化をあらためて思い出した次第である。

 ■楠木新(くすのき・あらた) 1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。50歳から勤務と並行して取材、執筆に取り組む。2015年3月、定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学教授。人事・キャリアコンサルタント。25万部を超えるベストセラーになった『定年後』(中公新書)など著書多数。21年5月に『定年後の居場所』(朝日新書)を出版。

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