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【ケント・ギルバート ニッポンの新常識】東京五輪、後ろ向きな「開催する側」に喝! 五輪ほど「新型コロナに打ち勝った」アピールできる場はない (1/2ページ)

 東京五輪の聖火リレー出発式が25日、福島県のサッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)で開催。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として無観客で実施された。聖火リレーを辞退した有名人も多いようで、何とも後ろ向きな大会には失望している。

 そもそも、五輪とは、世界の人々に勇気や希望を与える祭典ではないのか。日本では21日、1都3県に発令されていた緊急事態宣言が解除された。世界中ではワクチン接種が急がれている。この“追い風”といえる状況を、五輪ほど「新型コロナに打ち勝った」とアピールできる場はない。

 新型コロナが蔓延(まんえん)してから1年がたち、国民はウイルスとの付き合い方を理解しただろうと思う。にも関わらず、聖火リレーの出発式を無観客にすれば、盛りあがるはずの五輪が盛り上がらない。個人レベルで感染対策を十分に講じれる人は、沿道で観戦すればいいのであって、過剰反応し過ぎると「行動の自由」も奪うことになる。

 大会組織委員会と、政府、東京都、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の代表による5者協議が20日開かれ、海外からの一般観客の受け入れを断念した。日本国内の観客しか現場で見れないで「国際大会」といえるのだろうか。

 この決断には、米ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなどが否定的に報じたが当然である。「ワクチン接種者のみ入国させる」など対策を講じれば、受け入れることは十分にできたはずだ。海外から観客をすべて断念するというのは、もはや差別的ともいえる。

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