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【定年後の居場所】先輩に導かれ大学教員へ 50代半ば以降に願書を出し続け (1/2ページ)

 マスコミの取材で大学教員になった理由を聞かれることがある。拙著『定年後』(中公新書)が売れたので教員になったと思っている人が多い。これには私の方が驚いてしまう。新書を書くことと大学の教員になることは全く別物だからだ。学生の頃から教育には特に関心はなく、教職課程を受けることもなかった。教員の道に進んだのは自分の意志と言うよりも一人の先輩に導かれたからだ。

 私は生命保険会社の調査部門に転勤になって15年先輩のFさんと出会った。30歳を目前にした頃だ。彼は保険会社に関係する法律や税制の専門家で、米国の生命保険会社の経営についてもよく研究していた。元々学究的なタイプだが、課題を立てて研究することが何よりも楽しくて仕方がないという雰囲気を周囲に与えていた。

 彼と同じ調査グループに入ることもあったが、Fさんはいつも役職の上下に関係なく誰とも同じ目線で接していた。私の稚拙な見解にも耳を傾けてくれて対等の立場で議論してくれた。彼に追いつきたいと週末に図書館に通って準備をすることもあった。しかし月曜日の朝に彼の資料を見ればさらに先に進んでいる。「これならいつまでたっても追いつくことはできない」と感じた。Fさんの指導もあって投稿した論文が生命保険業界の学会誌の優秀賞を受けた。私が執筆に関心を持った一つのきっかけだった。

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