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【無駄を嗜む】バカげた禁酒法、コロナの恐怖が生んだ“おまじない” (2/2ページ)

 人間は科学によってさまざまな現象のメカニズムを解明し、知性と理性の光によって見えないものへの恐怖が薄れた結果、今日の文明社会ができ上がったはずです。しかし、コロナ禍で図らずも地金が露呈しました。何百年、何千年経とうと、人間の本質は変わっていないのです。科学的根拠の乏しい対策を実施する行政があり、大して異を唱えずそれに従う民衆がいる。これは全体主義であり、非常に危険な状態といえます。

 1920年、アメリカで施行された禁酒法は、未曽有の経済発展に起因する道徳的・宗教的な堕落に対する恐れが背景にありました。「これさえなくなれば恐怖から逃れられる」という発想は、現代日本のコロナ対策と同根のものです。

 お酒というのは、たばこと並んで人類にとって最大級の無駄でしょう。生命の維持に不可欠ではなく、体の害になるからです。しかしその一方で、文学や演劇、映画、マンガなどを見ればわかるように、文化の発展に果たしてきた役割が極めて大きいのも事実。無駄なように見えて、実は非常に重要な社会の「路肩」をになってきました。それを禁じてしまったら、副作用は避けられない。文化的な劣化が始まり、人間関係の維持に支障をきたして人々の心もすさんでいきます。今後はお酒の功徳が再認識され、20年ほど経ったら「昔、日本版の禁酒法時代があってね」という笑い話になっていることを願ってやみません。馬鹿が跳梁跋扈する時代に生きることに痛烈な息苦しさを感じます。日本はこれで本当に良いのでしょうか?

 ■古谷経衡(ふるや・つねひら) 1982年11月10日北海道生まれ。若者論、社会、政治、サブカルチャーなど幅広いテーマで執筆評論活動を行う。地上波番組コメンテーター、紙媒体連載、ラジオコメンテーターなど出演多数。「毒親と絶縁する」(集英社新書)が発売中。

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