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【江尻良文の快説・怪説】原監督、巨人監督歴代2位の1034勝到達 歴代1位“川上超え”でミスターのリベンジへ! (2/3ページ)

 手強いOBたちの干渉から原監督を守る後ろ盾を、長嶋終身名誉監督が買って出るのは、自身の苦い経験もあるだろう。

 第1次長嶋政権の最終年にあたる1980年、ミスターは「今年のドラフトで東海大から原が入ってくれば優勝できる。青田へッドを中心に伊東の地獄の秋季キャンプなどで鍛えてきたから、今いる選手もレベルアップした」と夢見ていた。「4番・三塁」の後継者を育てる青写真をぶち壊したのが、当時巨人OB会長だった川上氏だ。

 球団史上初(当時)の3年連続V逸をやり玉にあげ、「長嶋では来年も勝てません」と読売グループの総帥、務台光雄氏に直訴。「10・21」長嶋電撃解任事件として、読売新聞の不買運動まで起きるなど、社会現象に発展した。

 後任に担ぎ出されたのが藤田元司新監督。4球団が競合したドラフトで自らの当たりくじを引いてくれたことから、原監督は「藤田監督命」となった。ミスターの予言通り、ゴールデンルーキーを得た藤田巨人は1年目から優勝。後年には王監督の後任も務め、世間を揺るがしたポストONという重責を見事に果たした藤田監督だったが、2006年に死去。代わって原監督を、全面サポートしているのが長嶋終身監督だ。

 第2次長嶋政権からのバトンタッチに際し、当時日本テレビのトップ、氏家斉一郎氏は「視聴率が取れる江川しかいない」と明言。これに長嶋監督は「何のために原君を僕の下で3年間コーチさせたのだ」と一歩も譲らず。最終的に読売グループの総帥、渡辺恒雄氏が「長嶋さんが『原監督なら間違いない』とおっしゃったから。長嶋さんの言うことに間違いはありません」と決断した。

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