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【ゴルフわすれな草】木下稜介(1) 同年齢の石川、松山に追いつけ! 目標の「20代世界メジャー出場」へ

 最終日の前夜。インターネットを見ていて、自分の誕生日が全英オープンウイークだと知った。「何が何でも世界最古のメジャーに出場したい」という思いが一段と強まった。

 13年にプロ転向し、18年ツアー賞金ランキング54位となって初シードを獲得した木下稜介(当時28歳)は、20年SMBCシンガポールオープン3日目を終えて、首位とは10打差ながら通算7アンダーの8位タイに着けていた。同オープンは全英オープン有資格者を除く上位4人に出場資格が与えられる試合でもあった。

 奈良県生まれの木下は、ゴルフ好きの父親・昇に連れられてゴルフ練習場へも出掛けたのがきっかけとなり、少年野球をやめて10歳からゴルフを始めた。

 「学校から帰ったら、アプローチショット練習を真っ先にしなければなりませんでした。スーパーマーケットによくある買い物カゴ4カゴの中に入ったゴルフボール全部を打たないと遊びに行けない。母がチェックしているので怠けられない。中学校卒業までずっと続きました。おかげで寄せが僕のゴルフ生命線になったようにも思います」

 木下はゴルフに没頭できる環境を求めて海峡を渡り、香川県の香川西高校へ進学した。21期生として寮生活を送った。08年の香川県高等学校総合体育大会で個人優勝を飾り、県内屈指の高校生ゴルファーにはなったが、同年齢の石川遼や松山英樹ほどのスポットライトを浴びる選手ではなかった。大阪学院大学に進学し、寮生活を計7年送ったことで、「掃除や洗濯を自分ですべてやらなければならない。自立というか、人間的に成長できたと思います」と振り返る。

 木下にはツアー優勝、世界メジャー出場といくつもの目標があった。5年掛かりでシード権獲得という目標を達成し、もうひとつの目標である「20代で世界メジャー出場」がかなえられるチャンスを迎えたのだった。

 SMBCシンガポールオープン最終日。幸先よくバーディースタートを切った木下はパーセーブを続け、13番ホールで2個目のバーディーを奪い、全英オープン出場への歩を進めた。 (つづく)

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