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【田所龍一 虎番疾風録 Vol.105】「ピンク・レディー」笑顔の解散宣言 “アイドル”ブーム到来で芸能界に世代交代の波 (2/2ページ)

 昭和55年、また芸能界に世代交代の波が起こった。アイドルブームの到来で、人気に陰りが見え始めていたピンク・レディーが9月1日、解散を宣言した。

 東京・紀尾井町の赤坂プリンスホテルの記者会見場には150人以上の報道陣が詰めかけた。会場に姿を見せた2人は笑っていた。ミーが会見の口火を切った。

 「ピンク・レディーは7カ月後(昭和56年3月)に解散します。私たち2人で話し合った結論です。この9月1日を新しい“出発の日”とします」。そしてケイが続いた。「大変充実した毎日でした。ひとつの大きな責任を果たし終え、正直ホッとしています。残された7カ月間、ピンク・レディーとして燃え尽きたい」

 涙のない笑顔の解散宣言だった。昭和51(76)年8月にビクターから「ペッパー警部」で衝撃のデビュー。超ミニスカートと大胆な振り付けで「S・O・S」「ウォンテッド」「UFO」「サウスポー」と次々にヒット曲を出した。

 ミーが昭和33(58)年、ケイが昭和32(57)年生まれ。〈大きな責任を果たし終え…〉昭和31(56)年生まれの筆者と同世代の2人だが、はるかに“大人”に見えた。

 ■田所龍一(たどころ・りゅういち) 1956年生まれ。大阪芸大卒。サンケイスポーツに入社し、虎番として85年の阪神日本一などを取材。産経新聞(大阪)運動部長、京都総局長、中部総局長などを経て運動部編集委員。「虎番疾風録」のほか、阪急ブレーブスの創立からつづる「勇者の物語」も産経新聞(大阪発行版)に執筆中。

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