記事詳細

【ロバート・ホワイティング サクラと星条旗】野球伝来150年 外国人助っ人の「Japanese Baseball」 クロマティ、レオン・リー、マートンが語る (1/4ページ)

 来年は日本に野球が伝来して150年という記念すべき年にあたる。1872年、東京の開成学校(現東京大学)で教えるために来日した米国人教師ホーラス・ウィルソンが日本に野球を伝えた。

 明治政府は250年以上続いた鎖国の後、工業化が進む欧米諸国に追い付くために近代化を進める中で、数多くの外国人教師や技術顧問を日本に招き、ウィルソンはその中の一人だった。

 野球が日本の国民的スポーツとなったのは1896年。初めて開催された日米対抗の公式戦で、東京の第一高等学校が、横浜カントリー・アンド・アスレチッククラブのアメリカ人チームを29対4で破ったのだ。

 その後日本は数多くの勝利を手にすることになるが、この初勝利は、重要な象徴的意味合いを持っていた。野球の本場のアメリカ人チームを打ち負かすことができるなら、商業や産業などほかの分野でも、日本人はアメリカ人を超えられるはずだ。

 この記念すべき年を前に、ニューヨークのジャパン・ソサエティはこの夏、ウォーレン・クロマティ、レオン・リー、マット・マートンを招いてオンラインセミナーを開催した。私も招かれた一人だ。そこで興味深いやりとりがあったので紹介しておこう。

 マートンへの質問(MCより)「日本人は日本人選手が出した記録に執着すると言われていますが、2010年に、それまでイチロー選手が持っていたシーズン最多安打記録を更新した頃は、ピリピリした空気だとか逆風のようなものは感じましたか?」

 マートン「いや、それはなかった。ランディ・バースやタフィ・ローズが王貞治のシーズン最多本塁打記録の更新を狙っていた頃はまた違っただろうが。それはたぶん、イチローがジョージ・シスラーのMLBシーズン最多安打記録を更新した時に、何のわだかまりも生まれなかったことが大きいのだと思う。その試合にはシスラーの親族が招待されていて、イチローはそこで記録を更新したんだ。私はその恩恵にあずかっている。これで日本国内のムードは変わったからね」

関連ニュース